大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所 昭和22年(ワ)92号 判決

原告 日本染織工業株式会社

被告 鈴木豊作 外一名

一、主  文

別紙目録<省略>記載建物につき被告保証責任信用利用組合奈良殖産社は被告鈴木豊作に対し被告鈴木豊作は原告に対し各賣買に因る所有権移轉登記手続を爲さねばならない。

訴訟費用は被告等の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め其の請求の原因として原告会社は元奈良染織工業株式会社と称し各種織物製造原糸メリヤス精練漂白染色加工販賣を事業の目的とする資本金五十万円の会社であつて昭和二十一年二月十一日商号を変更したものであるところ別紙目録記載工場建物は被告保証責任信用利用組合奈良殖産社(以下被告組合と略称する)の所有であつたが被告組合は昭和十六年八月二十九日右建物を機械器具並びに織物染色加工営業権一切と共に代金七万円で被告鈴木豊作に賣渡し代金の授受並びに賣買目的物の引渡を了した。被告豊作は右建物を所有権取得登記未了のまゝ昭和十七年三月三十一日機械器具営業権一切と共に代金十八万五千円と定めて原告会社に賣渡し同年五月一日引渡を完了し同年六月三十一日右代金全部の授受を了した。しかるに被告豊作は被告組合に対し右賣買登記を求めようとしないので原告は被告豊作に対する所有権移轉登記請求権を保全する爲民法第四百二十三條に依り被告豊作に代位して被告組合に対し右建物所有権移轉登記手続を被告豊作に対して爲すべきことを請求すると共に被告豊作に対し被告豊作より原告に対して右賣買登記手続をすることを請求する爲に本訴に及ぶと陳述し被告豊作の答弁に対し(一)臨時資金調整法第四條の二は事業設備の新設拡張につき政府の許可を受けることを要する旨定めたもので右許可事項の内容を形成する賣買契約其の他の私法的行爲を爲すにつき政府の許可を必要とした趣旨ではない。政府の許可なくして右法律行爲をしたため無許可の事業設備拡張を実施した者に対し同法第十六條の二に依り中止の行政命令が発せられ同法第十七條に依り違反者が刑罰を科せられることを免れないとしてもこれは公法上の事項であつて私法上の法律行爲の効力の発生を妨げるものではない。要するに右第四條の二は行政取締規定であつて実体上の効力規定でないから原告と被告豊作間の前記賣買契約が同條に違背することあるも右契約を無効ならしめるものではない。又右第四條の二同法第十七條の行政取締規定に違背して爲された私法上の法律行爲が民法第九十條に依り無効となるには当事者双方に於て当該契約を締結することが取締法規に違反することにつき合意があるか又は少くとも意思の疏通がなければならない。何んとなれば斯のように契約自体を不法ならしめる特別な條件の伴はない限りこれを有効としなければ取引の安全を阻害し不当の結果を生ずるからである。しかるに原告が前記賣買契約を締結する当時それが臨時資金調整法に違反することの認識がなく全く善意であつたから民法第九十條の適用を見るべき余地がない。(二)被告豊作主張の賣買契約解除の意思表示を受けたこと及び右賣買契約に附款して被告豊作主張のような文言の解除権留保を約したことは爭はないが其の趣旨は賣買契約を締結した目的を達成することができなくなつたことにより不利益を受ける何れかの当事者即ち相手方より給付を受けることができなくなつた当事者のみが賣買契約を解除し反対給付を免れしめる趣旨である。被告豊作は原告より右賣買代金全部の支拂を受け契約の目的達成の不能に陥ることにより何等不利益を受けず右特約によつては被告豊作が解除権を取得し得ないから右契約の解除は無効である。尚原告が被告豊作との間の本件工場建物の賣買契約に関連し原告に不信の行爲ある旨の被告豊作の主張事実全部を否認すると附演した。<立証省略>

被告鈴木豊作訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め答弁として原告主張の原告会社の組織並びに商号変更の事実及び原告主張の各賣買契約締結された事実は認める。尤も被告豊作と被告組合との本件工場建物賣買契約成立の日時は原告の主張する昭和十六年八月二十九日ではなくて昭和十三年八月である。しかして原告と被告豊作との間に締結された原告主張の工場買收契約は左記理由により無効である。(一)臨時資金調整法第四條の二は事業設備の新設拡張をしようとする者は政府の許可を受けねばならない旨規定しこれに違反し許可を受けないで事業設備の拡張をした者に対し同法第十六條の二は政府は其の事業の中止を命ずることある旨規定すると共に同法第十七條第三号は刑罰を科すべき旨を規定しているから事業設備の拡張をしようとする者が予め政府の許可を受けないでした場合は單に同法所定の罰則の適用を受けるばかりでなく私法上の効力をも否定する効力規定であるから其の事業設備の拡張行爲たる私法上の賣買契約の如きものも無効といわねばならない。原告及び被告豊作間における本件工場建物賣買契約は原告が其の経営する織物染色加工の事業設備の拡張として締結したものであるのに拘はらず予め原告において政府の許可を受けなかつたから右理由により無効である。元來公法上の無許可行爲や可罰行爲が一面私法上も無効であるか否かは其の立法の目的に鑑み決せらるべきところ近代立法の特長である各種の経済統制法規の多くは行爲そのものの禁止を目的としているから禁反行爲は私法上殊に物権的には無効と解さるべき場合が多い。臨時資金調整法は第二條以下に金融機関の事業融資を始め各国内資金の移動を生ぜしめる主要事項毎に禁止特例を設け一定制限の下に資金の自由移動を禁止している。若し右措置に違反して融資が貸出され、事業設備資金が支拂われるとき其の違反行爲が公法上の制裁を受けるだけでなく私法上も無効とされなければ公法上の制裁を甘受する違反者は常にこの違反行爲を反覆敢行してこれを既成事実化し結局資金の移動を調整しようとする法律の目的は達せられないことになる。このことは同法が第二條第四條第二項及び同條の二等随所において特に爲さんとする者又は爲さしめんとするときは認可又は許可を受くべしと規定し認可や許可のあることを事前の効力発生要件としており事後の認可や許可を認めていないことに徴するも明かである。同法第四條の二は同法第四條第一項の会社の設立、資本増加、合併、目的の変更に対する制限を個人事業設備の新設、拡張、改良にも及ぼそうとして昭和十四年法律第六十八号で附加された規定であつて個人事業の新設拡張は会社の資本増加、合併に該当し其の許可申請も両者共に同一手続によらしめることを同法施行細則第十一條に規定している。從つて別段の明文がない限り同法第四條第一項の効力と同條の二の効力とを同一に見るべきが当然であり第四條が効力法規であるならば反対の明文のない限り同條の二も又当然効力法規と解すべきである。同法第四條の二は概括的に事業設備のみに対する許可を規定し個々の資金使用を直接に規正していないもののように見えるけれども事業設備には通常資金の支出を必然に伴うから同法第一條に示す立法の目的に從い資金面の措置として間接的に事業設備をも規正するも直接の目的は個々の資金移動を統制することにあることは明かである。殊に本件のような工場買收契約による事業設備の拡張は買收行爲そのものが許可の対象となるもので会社の資本増加と実質的に差異がない。斯様な場合にも取引の安全を阻害するという理由の下に同法第四條の二が効力法規であることを否定するときは臨時資金調整法の志向する資金統制の目的は到底達成し得られない。寧ろ統制法規は国家目的を実現する爲に個人の自由を制限し取引の安全を犠牲にして国民の行爲を統制するのが本來の目的に副う所以である。たとい同法第四條の二所定の事業設備の許可單位として多数の事実行爲、法律行爲を包含する一連の計画的な集合行爲を通常予定して論ずるとき其の事業計画に対する政府の許可がない爲に該計画施行の内に含まれる個々多数の私法上の法律行爲を挙げて悉く無効とするとき取引上の安全を阻害するという議論を暫く是認するとしても少くとも金五万円を超える支拂を目的とする個々の法律行爲は各個別性を帶有し其の限度においては当事者に始から明瞭であるから其の資金移動だけは私法上においても無効たるを免れない。況んや本件工場買收契約のように其の一個の契約の履行自体が同法第四條の二の事業拡張に該当する場合政府の許可を受けないで爲された右契約の無効であること当然である。(二)仮りに本件賣買契約が同法第四條の二の直接解釈からして無効でないとしても当事者の信義と公の秩序、善良の風俗に反するものとして民法第九十條に依り無効である。即ち原告は右賣買契約締結の直前大阪府下における尾田紡績工廠を買收した際政府の許可を受けなかつた理由で監督官廳より問責され事業を中止し原状に復したのである。本件賣買契約の締結は其の直後のことであるから原告会社理事者が違法性を認識しながら惡意で本件工場を買收したのである。原告が買收契約を締結するに当り法律知識に乏しい被告豊作をして法規違反により賣買の目的を達成し得られなくなる場合を予期して解除権留保を特約させながら被告豊作をして右工場の事実上の引渡を促進させ又金員も経理上無許可支出の発覚を恐れて帳簿に記載せず授受を了したのである。原告は約二年六月余の間違反事実の隠蔽既成化に努めたが遂に発覚し昭和十九年十月二十一日日本銀行大阪支店に無許可事業設備拡張実施報告書なる始末書を徴されたが其の処分未決の間終戰前後の混乱に乘じ奈良縣当局と苟合し商工省の定めた方針と手続を無視して本件工場内の繊維設備讓受の許可をも敢て受けたのである。被告は本件賣買成立し金銭の授受後臨時資金調整法の許可を要することを知り原告に対し其の許可を受くべきことを督促したが原告は言を左右にして事態を糊塗して來た。一方奈良縣当局は本件工場外二工場を現物出資とする東和染工株式会社を設立する企業統合案を作成し商工省の認可を受けながら放置したので被告豊作が其の推移を監視しつつ原告との間に右賣買を繞り紛爭を続けて來たのである。叙上事実は本件賣買契約を不法ならしめるもので民法第九十條に依り無効たるを免れない。(三)仮りに右賣買契約が債権契約として有効に成立するものとするも臨時資金調整法第四條の二所定の政府の許可がないから代金の支拂及び工場建物等の事実上の引渡が物理的に可能であることは別として法律上有効に互に金銭及建物等所有権を物権的に移轉することが不可能であつて右債権契約による双方の履行が法律上不能である。本件当事者双方は予め斯うした場合を慮り右賣買において法規又は官廳の命により契約の目的達成不能の場合は互に一方的に賣買契約を解除し得る旨特約したから被告豊作は右留保の解除権を行使し得る場合に該当する。尚本件賣買の目的は織布染色加工工場であり昭和十七年一月十七日附地方長官宛商工次官通牒に基いて同年十月二十八日奈良縣染色業者整理委員会において新に設立することになつた東和染工株式会社に現物出資として右工場建物を提供することを決定し昭和十八年四月七日商工省の認可を受けたのである。從つて以上の事実は右特約に定めた本件工場建物は官廳の命令に依り他に讓渡することできなくなつた場合に該当するから双方が留保した解除権を一方的に行使し得るのである。被告豊作は叙上理由により昭和二十二年十二月二十四日原告に到達した書面を以て右賣買契約を解除する旨意思表示をし本件賣買契約は同日限り適法に解除されたから右賣買契約の履行を求める原告の本訴請求は失当であると陳述した。<立証省略>

被告組合訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め答弁として原告主張事実中別紙目録記載工場建物が登記簿上被告組合所有であること被告組合が右工場建物を機械器具営業権一切と共に代金七万円で被告豊作に賣渡し代金の授受並びに引渡を了したことは認めるけれども右賣買成立の日時は昭和十五年中である。從つて臨時資金調整法第四條の二同法施行令第六條の二の適用を受け金五万円を超える事業設備の新設、拡張をしようとするものは政府の許可を受けることを要するところ昭和十五年中に被告組合が被告豊作との間に右工場建物の賣買契約を締結し昭和十七年十一月十日代金の支拂を了し此の時において賣買目的物の権利が被告豊作に移轉し織物染色加工の事業設備の新設又は拡張が完了することになるからこれにつき政府の許可を受けなければ其の効力を生じないわけであるのに被告豊作が其の許可を受けなかつたから被告豊作の右事業の新設拡張に該当する右賣買契約は無効である。從つて被告組合は被告豊作に対し本件建物所有権移轉登記をすべき義務を負担しないから原告の被告豊作に代位して右登記手続を求める原告の本訴は失当であると陳述した。<立証省略>

三、理  由

原告主張の原告会社の組織並びに商号変更の事実別紙目録記載工場建物が不動産登記上被告組合の所有である事実並びに被告組合が被告鈴木豊作との間に右工場建物を機械器具設備営業権共一切を代金七万円で賣渡す旨賣買契約を締結し其の代金授受並びに賣買目的物件の引渡を完了した事実は本件各当事者間に爭なく各成立に爭ない丙第一号証甲第四号証同第五号証の一乃至三乙第二十六号証及び同号各証により成立の眞正なことを知り得る乙第七十二号証を綜合すれば昭和二年七月麻織物漂白染色加工業を目的として創立された被告組合が経営困難となり昭和十三年九月二十八日組合員の決議により組合解散すると共に組合理事である被告豊作に工場設備一切を賃貸し被告豊作が組合債務を引受け爾來鈴木染工場主として麻織物染色加工を営みつつ綿布、スフ、混紡糸織物染色加工の設備を増設し被告組合の負債五万五千円を数回に代拂したので昭和十六年八月二十九日被告組合と被告豊作との間に右工場建物並びに設備機械等を一括して代金七万円で賣渡す旨契約を締結し被告豊作が残代金一万五千円を昭和十七年十一月までに支拂を了したことを認めることができ被告豊作が昭和十四年勅令第二百二十四号施行後において右代金の内金五万円を超える金額を支拂つたことを叙上各証拠に依り窺うことができるから右賣買契約が臨時資金調整法第四條の二同法施行令第六條の二の所謂法定の金額を超える事業設備の拡張を実施する爲に締結されたものと解すべきである。次に被告豊作が右工場建物につき所有権移轉登記未了のまま昭和十七年三月三十一日機械器具営業権一切と共に代金十八万五千円で原告に賣渡す旨賣買契約を締結したことは本件各当事者間に爭なく成立に爭ない甲第二号証の一乃至四同第四号証に依れば右賣買契約の履行として被告豊作が原告より昭和十七年六月三十日までに四回に亘り右代金金額を受領し同年五月一日賣買目的物件の引渡を了したことを認むるに足りる。原告が右賣買契約の履行として被告豊作に対し右工場建物所有権移轉登記手続を求めるに対し被告豊作は原告が臨時資金調整法第四條の二所定の事業設備拡張について政府の許可を受けなかつたから右賣買契約が同條に違反し無効であると抗弁し原告が自己の経営する織物染色加工の事業設備を拡張する爲に右賣買契約を締結したこと及びこれにつき政府の許可を得なかつたことは原告の明かに爭はないところであるから右賣買契約が右第四條の二の規定に違反し無効であるか否かを考察する。臨時資金調整法第四條の二同法施行令第六條の二は金五万円を超える事業設備(織物染色加工業を含む)を新設、拡張しようとする者は政府の許可を要する旨規定しこれに違反する者に対し刑罰を科する旨同法第十七條に規定すると共に無許可で事業設備を新設拡張した者に対し政府が中止を命ずることを得る旨第十六條の二に規定し不急不用の産業部門に国内資金の使用されることを防止し政府の行政行爲により資金の需給を調整する爲に右取締規定の設けられたことは法規上明かであり右第四條の二が政府の許可を條件として禁止するところは金額五万円を超える事業設備の新設、拡張という作爲であつて此の内容を組成し資金支拂の原因である賣買、賃貸借等個々の私法上の取引行爲を直接に取締り禁止することを明文上規定していない。行政取締法規が私法上の実体的効力をも否定するか否かの問題は法規の直接的に禁止しようとする私法上の行爲を法規の文言上概括的にも抽象的にも知り得る場合でなければならない。しかるに臨時資金調整法施行細則第十一條にも事業設備の新設、拡張に関する計画及び其の予算の大要を許可申請書に掲げ事業計画明細書を添付することを要する旨規定しあるも事業設備の新設拡張を組成する個々の行爲については法規上何等予定されるところがない。無許可で事業設備の新設拡張の実施として賣買其の他の契約を締結するとき刑罰制裁を受けるものは其の実施者で相手方は罪刑法定主義の原則からしても法律上可罰性が認められ得ないのに私法上の効力を否定することは相手方に不測の損害を與え甚しく取引の安全を害するばかりでなく資金の使用措置を主眼とする臨時資金調整法の各規定に特に明文がないのに行政行爲を條件として禁止する規定を以て直ちに私法上の効力をも拒否する規定と解することは却て同法の立法趣旨に副はないものといい得べく他面個々の取引を禁圧する物資需給の経済統制法規の解釈適用を徒らに紛淆させるものといわねばならない。同法第四條第一項は会社の設立、資本増加、合併又は目的変更につき政府の認可を効力発生條件とする旨明規し同第二項は右認可を受けて有効に設立した会社の第二回以後の株金拂込等につき政府の許可を受くべき旨規定し右認可につき定められた條件に違反したときにおいても認可の効力を奪うことなく許可を受けないで事業設備を新設拡張する同法第四條の二の違反の場合と同列に置いて違法な行爲の中止を命じ得る旨同法第十六條の二に規定し居れるに鑑みるときは同法第四條の二に定める政府の許可は同法第十七條に依る禁止を解除する行政処分であり第四條の二に定める事業設備の新設、拡張を組成する法律行爲の効力発生條件を爲すものでないと解するを相当とし其の法律行爲が本件における工場並びに工場設備の包括的買收契約の場合のように其の一個の契約の履行が原告会社の事業設備の拡張を実現完了するときでも其の理由を異にしないものといわねばならない。從つて原告及び被告豊作間の前記工場建物の賣買契約の成立は勿論其の双方の履行たる物権行爲はいづれも私法上有効といわねばならない。次に被告鈴木は右賣買契約は当事者の信義と公の秩序、善良の風俗に反するから民法第九十條に違反し無効である旨抗弁するから按ずるに右工場買收契約は通常の場合において工場等の移轉を目的とする單純なる賣買契約として財産法上それ自体何等違法性を帶びるものではないけれども政府の許可なくして右賣買契約を締結するとき其の当事者の一方が臨時資金調整法第四條の二に違反し刑罰制裁を受ける場合において当事者双方が單に右法規違反の違法性を認識することだけでは右賣買契約自体を不法ならしめるものとはいい難く行爲の相手方が違反者の可罰性を認識しつつ通謀し若しくは其の違反行爲を勧誘助長する等双方の行爲に違法性を伴う場合か又は違反者に相手方に対する関係において宥恕し難い不信行爲ある場合でなければ民法第九十條の適用がないものと解するを相当とするところ原告会社取締役において右賣買契約締結の際臨時資金調整法に違反することの認識あつたことは証人浅見正治の証言に依りこれを窺い得るけれども被告豊作が原告会社取締役と共謀し或は意思を疏通したことについては同被告の主張立証がなく又被告鈴木が右賣買契約締結の際並びに履行後に亘り原告に信義と公序良俗に反する行爲ありとして指摘主張する事実は末だ以て賣買行爲自体を不法ならしめる不信不当の所爲とは到底爲し得ないから右賣買契約は公序良俗に違反するものといい得ないから被告鈴木の右抗弁は理由がない。次に被告豊作が昭和二十二年十二月二十四日原告に到達した書面を以て右賣買契約を解除したことは原告の自白するところであつて被告豊作は右賣買契約に附款して法規又は官廳の命により契約の目的達成不能の場合は互に一方的に前記賣買契約を解除し得る旨特約したところ右賣買契約は臨時資金調整法第四條の二に違反し被告豊作が法律上有効に代金の支拂を受領し建物所有権を移轉することができないことが後に判明し且つ奈良縣当局が商工省の指令に基いて決定した新に設立する東和染工株式会社に現物出資として本件賣買目的の工場建物を提供する旨の整理統合を昭和十八年四月七日商工省が認可したから官廳の命令に依り右建物を他に讓渡することができなくなつた場合に該当するから右特約に依り留保した解除権の行使として前記解除の意思表示は有効である旨抗弁するから按ずるに被告豊作主張の文言に依る解除権留保の合意成立したことは原告の認めるところであるけれども右賣買契約が実体法上有効であり其の履行たる給付の物権行爲も亦有効であること叙上認定の通りであり被告豊作が原告より代金全部の支拂を受領したことこれ亦先きに認定するところであるから被告豊作は賣買契約上の給付を全部受領し賣買の目的を達成したものといい得るから右特約は斯のような当事者をして任意に契約の効力を失わしめる趣旨ではなく契約の目的達成が不能となつたため反対給付を受け得ないで不利益を被る当事者のみをして一方的に賣買契約を解除して自己の負担する反対給付義務を免れ得しめる特約の趣旨と解すべきことは成立に爭ない甲第一号証工場讓渡契約書第十三條乃至第十五條各約款を比較考量して容易に知り得るところ被告豊作提出援用の全証拠によるもこれに牴触する心証を惹起し得ない。從つて被告豊作は右特約により解除権を取得するに由がないから爾余の点の判断を爲すまでもなく被告豊作の右抗弁も亦理由がない。してみれば被告豊作は原告に対し前記賣買契約に基く履行として別紙目録記載の工場建物所有権移轉登記手続を爲すべき債務を負担すること勿論である。しかして被告組合と被告豊作との前記建物賣買契約が臨時資金調整法第四條の二に所謂事業設備の拡張を実施する場合に該当すること前示認定通りであつて被告豊作がこれにつき政府の許可を受けなかつたことは原告の明かに爭はないところであるけれども右第四條の二に違反して事業設備拡張の爲に爲された右賣買契約が実体上の効力に影響を及ぼさないこと叙上説示の通りであるから被告組合は被告豊作に対し右賣買契約に基いて本件工場建物の所有権移轉登記手続を爲すべき義務あること明かである。仍て原告の右賣買契約の効力を爭う被告豊作に対し該契約に基いて右登記手続を求めると共に右登記手続請求権を保全する爲民法第四百二十三條に依り被告豊作に代位して被告組合に対し被告組合より被告豊作に右登記手続を求める原告の本訴請求はいづれも正当であるから認容すべきものとし民事訴訟法第八十九條第九十三條に則り主文の通り判決する。

(裁判官 南新一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!